ダイレクトドライブハンコン、ロードセルペダル、SUSコクピット、VR……。
気付けば私のレースシム環境も随分と充実したものになった。
大枚はたいただけあってどれもこれも満足度は高い。
DDハンコンはFFBの表現力が非常に繊細で、ロードセルペダルはコントロールが実に容易である。
SUSコクピットはそうしたハンコンの強大なトルクやペダルを蹴飛ばすような踏力をみしりともせず受け止めてくれる。
VRについては言わずもがな、三次元上での高度な空間把握が求められるレースシムにおいてこれ以上のものはないという考えは今も変わっていない(Oculus Riftのスペックには不満が無いというわけではないが)。

 

「考えうる限り最高の環境」と言うのは過言だが、極めて理想に近づいたのは間違いない。
実車さながらのステアリング、ペダルのフィーリング。実車でするのと同じようにアペックスを見つめることのできるディスプレイ。
そして実車そのもののバケットシートを備えたコクピット。

 

一連のセットアップを終えた後、数少ない実車経験と照らし合わせることのできるカートで走ったときに、その感動を真に感じ取ることができた。
ピットにスポーンした瞬間からステアリングがそれまでハンコンではおよそ経験したことのない重さを発生する。
おそるおそる動き出してみるとほんの少し軽くはなるものの、それでもまだかなり重い。
だがそんなものはまだ序の口で、本当の驚きはコースインしてからだった。
様子を見ながらのスローペース走行にもかかわらず、それまでの経験とは明らかに違う。
「ステアリングを握る手に路面の状況が正確に伝わってくる」などというレベルではなく、掌がコンタクトパッチそのものになったような、直接路面を撫でまわしている錯覚を覚える程の圧倒的なFFBの情報量。
ブレーキングでは、踏力でコントロールするが故に、ペダルを踏みすぎてブレーキロックさせてしまうことが格段に少なくなった。
重たいFFBと格闘しながらの走行にもかかわらず、ペースを上げればそれまでのベストをゆうゆうと更新することができたのも驚きはない。

 

レースシムを始めてからこっち抱き続けていた理想の環境を、追い求めていたリアルをついに手に入れたのだ。
GET REAL成就、万歳!
興奮し、この溢れんばかりの思いをどう伝えようか考えながら走り続ける。
その後握力が失われ腕に乳酸が溜まるところまで走りこんだところで、ある一言が浮かんだのだ。

 

全然足りない。

 

*

 

リッチな環境に囲まれているのに出てくるのが「足りない」という感想なのは、「人間の欲望には限りがない」というような話ではない。
もちろん、環境が思ったよりも大したことなかったという話でもない。揃えたものはどれも思った通り、いやそれ以上の満足をもたらしてくれた。

 

目をHMDに覆われ、耳はヘッドフォンに包まれ、手はハンコンに添えられている。
それら全てが現実と錯覚してしまうほどのリアルさを伴っているが故に、かえってそれらがないところ、欠乏ばかりが目についてしまう。
「足りない」というのはそうしたジレンマについての表現だ。

 

この欠乏として最も大きな要素はG(加速度)だろう。
実車であればどんな車であろうと、どこを走っていようとあってしかるべきの各種Gは、レースシムでの再現が難しいもののひとつだ。
もちろん再現の試み自体はある。
傾けたり揺らしたりといろいろな工夫を凝らしているが、それによって発生されるGは残念なことに実車のそれに比べてずっと小さい。

 

さらにこの欠乏は将来において、「完全再現」という形で解決される望みが薄い。
高DFマシンが高速S字を駆け抜けるような、強大なGがかかった直後に逆方向に再びかかるような状況は現時点では再現が不可能と言っても過言ではない。
少なくとも一般家庭に置けるようなレベルにおいては確実に不可能だと言い切れる程度には非現実的だ。

 

これがいつか技術の進歩によって、一般のご家庭でも5Gの横Gを味わえる時代が来るか?
来るだろう。『人間が想像できることは必ず実現できる』という言葉もあるぐらいだ。
ただこの言葉は「いつ実現できるかは見当もつかないが」という意味も含んでいる。
一部屋に収まるようなサイズで4G、5Gを再現可能なほど強力で低コストなシステム。実現可能だろう。そのうち。
だがそれは今ではない。明日でも1年後でもないし、おそらく10年後でもない。21世紀中かどうかも怪しい。

 

「今は無理でも、技術の進歩によっていつか完全なリアルを手に入れることができる」と無邪気に信じることはいまや不可能となった。
これはもしかするとレースシムにとって由々しき事態ではないだろうか?

 

*

 

何かにつけ「それが何の役に立つの?」と言う人がどこにもいるものだ。
「その難癖こそ何の役にも立たないだろうが」と嫌味のひとつでも返したくなるところだが、幸いにしてレースシムはこの戯言に対し効果的な反論ができる。
ご存知の通り、レースシムは役に立つのだ。
「何故レースシムをプレイするのか?」と尋ねられ、「実車の練習のため」と答える人は多くはないだろうが、実際にそうした人が存在する。
それに実車での活動をしていないことと、実車でも通用するドライビングスキルの向上を目指していないということは必ずしも一致しない。
レースシムプレイヤーなら誰しも「シートさえ用意してくれればそこそこいい成績を残す自信はある」と思ったことは(冗談交じりにせよ)あるはずだ。
それは確かに自惚れかもしれないが、かといって全く根拠のないことでもない。

 

レースシムは実際のモータースポーツの練習として役に立つ。
一方で「役に立つ」ということは、その行為自体は最終目的ではなく、その先にある最終目的のための手段であるということもまた意味している。
レースシムは実際のモータースポーツの安価かつ手軽な練習方法として、ある程度のリアリズムを獲得してから現在に至るまで成立してきた。
そしてより効果的な手段としての進化のため、さらなるリアリズムの追及を続けてきた。それはレースシムの抱える使命と言ってもいい。
しかしそれが今になって、少なくともハード面において進歩の行き止まりに突き当たっているようだ。
この終着点は高度なシミュレーションを実現しようとする『手段』としてのレースシムにとって、あまりにも目指すゴールから遠すぎる。
リアルの追及がある一定の地点からそれ以上望めないということは、レースシムの使命がこの先叶わないことを意味しているのではないか。

 

*

 

「何の役に立つの?」という馬鹿馬鹿しい質問へやり返すには、先に挙げたように「役に立つ」と答えるほかにもうひとつ方法がある。
それは先ほどの答えと反対に、「役に立たない」と答えることだ。

 

ここまで読んできた方ならおわかりのことと思うが、「役に立たない」とは即ち、それが何かのための手段ではなく最終目的であるということだ。
「役に立たない」は「価値がない」ということではなく、「それが何かのための手段ではない」という程度の意味しかない。

 

役に立たないレースシム……と言うと語弊がある。正確に言うならば、『役に立つことを必ずしも志向しないレースシム』か。
現実の写しとしての存在ではなく、プレイそれ自体に価値があるレースシム。
あまりに素頓狂な話であるとは感じないはずだ。むしろ馴染みがあると言ってもいい。
レースシムのプレイヤーは全員が実車のトレーニングを目的としていないというのは先に少し触れた通りだ。
単なる楽しみとしてひたすらタイムを縮めることに腐心したり、あるいはオンラインレースに出場し勝利を目指すことは既に見慣れた光景だ。

 

それはつまるところ、流行りの言葉で言えばeSportsなのだ。

 

eSportsのジャンルの中でレースシムのように「役に立つ」とされるジャンルは少数派だ。
FPSも格ゲーもMOBAも、どれも何かのための手段ではなく、純粋にそれ自体が目的となるゲームだ。
eSportsという概念が普及したことに功績があるとするならば、それらゲーム自体に価値があることをプレイヤー以外の層にも知らしめたことだと(そして、それ以上のものではない、とも)私は考えている。

 

これまで使命としていた『完全な現実のシミュレート』の実現に暗雲が立ち込め始めたレースシムにとってeSportsのこの盛り上がりは渡りに船なのかもしれない。
それまで重きを置いていた価値観の追及が困難となったところに、別の新たな(というほど目新しいものでもないが)価値観が出現したのだ。
プレイ自体に価値を見出すeSportsのいちジャンルとしてやっていくというのも選択肢のひとつとしてはあるだろう。

 

*

 

R3Eのキャッチコピーをご存じだろうか。

曰く、”HOME OF VIRTUAL MOTORSPORTS”だ。

 

いろいろ言いたいことはある。「そんな大きなこと言っちゃっていいのか」とか、「シルバーストンかよ」とか、「部屋なのか家なのかはっきりしろ」とか。

 

ともかく、この『バーチャルモータースポーツ』という言葉を私は気に入った。
eSportsという言葉がこれほど人口に膾炙している今、あえて『バーチャルモータースポーツ』という、(eSportsに比べれば)耳慣れない言葉を使うところにある種の矜持を感じる。
「我々がやっているのはeSportsのレーシングゲーム部門ではなく、開催場所が仮想空間上であるというだけのれっきとしたモータースポーツなのだ」というような矜持だ。

 

前節で「eSportsへと舵を切れ」というようなことを言っておきながら、やはりそれだけでは面白くないとも思う。
FPSのチャンピオンも格ゲーのチャンピオンも、実際の戦場やリングでは画面上で見せたほどのパフォーマンスは発揮できない(そもそもそんなことを考えてすらいないだろうが)。
しかしレースシムはそれができる(可能性が高い)。仮想サーキットで見せた渾身のアタックや火花散るバトル、目を見張るようなオーバーテイクを現実でもやってみせることは、波動拳を現実で出そうとするよりかは遥かに簡単だろう。
これは、たかがGが再現できない程度の理由で捨て去ってしまうにはあまりにも惜しい特徴だ。

 

目標とするリアルの再現はならず、かと言って何にも繋がることのない『ゲーム』に留めておくにはもったいない。
このように「一体どうすればいいのか……」と煩悶としているときこそ、最初の場所に立ち戻ってみることが必要だというのがこの世の常である。

 

*

 

『最初の場所』というのは、私を含む多くの人にとって最初のモータースポーツという意味だ。
つまり、レーシングカートのことだ。

 

「レーシングドライバーになりたければレーシングカートを始めるべきだ」という意見には多くの人が首肯するだろう。
しかしレーシングカートは、およそレーシングカート以外のレーシングカーに全く似ていない。
空力部品もトランスミッションもバネとダンパーによるサスペンションも基本的に無い。
にもかかわらず、何故カートはレーシングドライバーを目指すものとって最初の一歩になり得るのか?

 

それには2つの理由がある。

 

まず1つはシンプルを突き詰めたカートの構造が、カート以外でも通用するドライバーとしての資質を育むのに最適であること。
他のレーシングカーとの共通点がそれこそ「タイヤが4つついていること」ぐらいしかないレーシングカートは、裏を返せば「タイヤが4つついている全ての乗り物」と同じ構造を持つとも言える。
ボディに羽根が生えようが、エンジンが前に移動しようが、はたまたモーターに置き換わろうが全てタイヤが4つついている限り(なんなら6つついていても)カートの経験を生かすことができる。

 

そして2つ目の理由。
カートは子供でも乗れること。
思うに、こちらの方が先に述べたひとつめの理由よりも大きいだろう。

 

いつかプロのスポーツ選手として活躍することを夢見るのならば、その競技を始めるのは早い方がいい。
野球でもサッカーでもモータースポーツでもそれは変わらない。
ところがモータースポーツは野球やサッカーといったスポーツと違い、競技のレベルによって使う道具が大きく異なるという変わったスポーツだ。
そして将来レーシングドライバーを目指してモータースポーツの世界に足を踏み入れた子供が使える道具は、実質的にレーシングカートをおいて他にない。
「カートは子供でも乗れる」。言い換えれば「子供はカートにしか乗れない」のだ。

 

これはあまり健全な構造とは言えないのではないかと思う。
『競技のレベルによって道具が違う』というのはまだいい。安全上の理由やらコストの問題やらといった理由から、5歳の子供が乗るのはキッズカートのようなものがふさわしいとは思う。

問題は、やはり選択肢が他にないということだ。
モータースポーツの底辺を支えるカートは低コストと言えど、それはあくまで他のモータースポーツと比べての話だ。野球やサッカーなどとは比べ物にならない程の費用がかかる。
金銭的な話を抜きにしてもハードルは高い。
「近所の公園でキャッチボールしよう」というような気軽さでそこらで走らせるわけにはいかない。大抵の場合郊外にあるサーキットまで運んで、スタンドから数十キロある車を下ろして……というのは子供だけで到底できることではない。子供がモータースポーツをする場合は費用に加え、周りの大人の協力も不可欠となる。

この問題点をどうすればいいのか?
「子供達がカートにより親しみやすくなるように」ということを考えてもあまり効果は無いように思える。

それよりも、何かカートのさらに下に新たなモータースポーツへの入り口ができないかを考えた方がいいだろう。

安全で、子供でも手軽に楽しめて、低コストで、それでいてモータースポーツの妙味を味わえる、そんなものを。

ああ、どこかにそんな理想の入門カテゴリーになりそうな都合のいいものがありはしないものか……。

 

*

 

私はレースシムこそがその役割にぴったりとはまってくれるのではないかと期待している。
カートのようにドライビングスキルを磨くことのできる『手段』として。
カートのように老若男女問わず楽しめる参加型モータースポーツである『目的』として。
そしてカートよりも安全で手軽で低コストな『モータースポーツ』としての存在にレースシムはなってくれるのではないか、と。

なるほどレースシムが現実を完全にシミュレートすることは不可能かもしれない。
だがレースシムは、既にレーシングカートというカテゴリーと肩を並べられるほど、最終目的である実車上級カテゴリーの練習手段としてのリアリズムを獲得している。
そのリアリズムは『現実の完全再現を最終目的としながら、それを成し遂げられない不完全なもの』と捉えるのではなく、むしろ『各種の制限はありながらも、他のモータースポーツにも通用する技術を身に着けられるもの』と考えるのだ。レーシングカートがそうであるように。

そしてもちろんレースシムは『目的』としてのプレイにも応えてくれる。
レースシムを足掛かりに実際のモータースポーツにステップアップを図ろうという考えが無くとも、ただ楽しいというだけでプレイをし続けることには価値がある。
eSportsという言葉が流行り始める前からずっとそうであるように、また参加型モータースポーツとしてレーシングカートがそうであるように。

さらにそれらを実現するために必要なコストはモータースポーツとして考えた場合破格の安さである。
加えて怪我をする可能性も低く、またどこかに出かけずとも家の中でできる。
そのハードルはレーシングカートよりも圧倒的に低い。

以上の理由から、レースシムはモータースポーツの新しい入門カテゴリーたりえるのではないかと私は考えている。

現在、レースシムをプレイするプロドライバーは決して少なくない。中にはほぼ実車経験が無いながらもレースシムによって鍛えたスキルで活躍しているドライバーもいる。
この分だと、いつかレースシムからキャリアをスタートさせたドライバーが世界の舞台で戦い、そして勝利を収めるというのもそう遠いことではないに違いない。
そのとき、そのドライバーのキャリアが『驚きを持って迎えられていなければ』いいと思う。
レーシングカートからキャリアを始めたドライバーなんて、珍しくもなんともないのだから。