2019年も折り返し地点を迎えようとしています。
毎年この時期には「もう一年の半分が終わりか……」と思っているような気がします。
光陰矢の如し、一寸の光陰軽んずべからず。
毎年この時期には「下半期はがんばろう」と決意するのですが、なかなかうまくはいきませんね。
こんな調子では10年後にも同じことをやっていてもおかしくないかもしれません。

 

10年後についてネガティブに考えるのはやめて、今度は10年前のことについて思い出してみます。
10年前と今の自分を比べてどうか? と考えてみると、10年前から現在にかけて変わっていないことがふたつあることに気が付かされます。
ひとつはこうして6月の終わりに後悔すること、もうひとつはRBRをプレイしていることです。

 

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10年前、2009年時点で既にRBRは少し古い(けど移行先がない)タイトルでした。
RBRは2004年発売、2009年は5周年の年ですから普通なら続編が出ていてもおかしくはありません(その頃もうRBRを取り巻く環境は普通ではなかったんですが)。
各コミュニティでは「まさか一線級のまま6年目に突入するとは」といったような意見が出ていましたが、まさかそれから10年経ってもまだ一線級にあるとは誰も思っていなかったでしょう。

 

なぜRBRがこれだけ長くプレイされ続けているかということについての私の意見はこちらを参照して頂くとして、別の視点からの意見としてRedbullのRBRについて書かれた記事を引用します。

 

ビデオゲームの世界では「次のゲームが最高のゲーム」という考えになりがちだ。新作がリリースされるたびに旧作は闇に葬られる。
この世界(特にメインストリーム)では最新のテクノロジーが開発の必要最低条件であり、グラフィックが更に進化してAIが更に複雑になり、ソフトウェアも処理能力を更に無駄なく引き出すようにプログラムされていくにつれ、プレイヤーたちも自然にテクノロジーの最先端へとシフトしていくのが常だ。

 

この流れが一際強く感じられるジャンルがレーシングゲームだ。
たとえば、『Forza Motorsport』がリリースされるたびに、旧作は死に向かう。これはこのジャンルのほとんどすべてのシリーズに当てはまる。『グランツーリスモ』、『DiRT』、『Need for Speed』など枚挙にいとまがない。

 

大抵の場合、新作タイトルはリリース後1週間で売上の大半を稼ぎ出す。そして、プレイヤーたちも新作をしばらくプレイすると、今度は別の新作をプレイするようになる。
しかし、コミュニティが深く関わってくると、この生と死の永遠のサイクルに変化が起きる時がある。

 

そう、愛され続けるゲームが生まれるのだ。
プレイヤーたちはひたすらプレイを続け、仲間を作り、ゲームプレイを極めていく。
やがて、そのゲームを愛する彼らは、シーンやファン、そしてデベロッパーに恩返しをしたいと思うようになるのだ。そのようなゲームのひとつが『Richard Burns Rally』だ。

 

Redbullの記事ではRBRが長寿命化した原因をMODコミュニティに見いだしています。
ただ、私はこの意見は間違ってこそいないと考えるものの、諸手を挙げての賛成はできません。

 

『秀逸なレースシムが出る → プレイ人口が増える → MOD制作者も集まる』。
こうした流れはレースシムにおいて珍しいものではなく、むしろ普遍的と言ってもいいぐらいです。
RBRだけが特別なのではなく、レースシム全体がそういう構造を持っていると私は思います。

 

当然、そういう特性を持つレースシムの寿命は一般的なゲームと比べて長くなります(もちろん、新作発表までのスパンが長いというのもあるでしょうが)。
rFactorはいい例でしょう。続編であるrFactor2が出たからといって、一気にrFactorは無価値となったでしょうか? 私はそうは思いません。
rFactorにあり、rFactor2で代替できない車・コースMODなどいくらでもあるでしょう。それら全てがrFactor2で代替可能とならない限り、rFactorはまだ死んではいない、と思います(死に向かいつつはあるかもしれませんが)。

 

Redbullの記事で「RBRだけが長寿命」というような書き方になっていたのはわかりやすさを優先した結果であろうと思われます。
「レースシムはみな長寿命化する構造を持っている」なんて話はレースシムに強い興味関心を持っていなければなかなか理解されにくいでしょうし、そもそもRBRにはあまり関係ありません。
そんな話はここみたいなところでやっていればいいのです。

 

少々難癖をつけるような形になってしまいましたが、「レースシムはMODコミュニティの頑張りによって長寿命化する」という点については私は異を唱えるものではありません。
ところが、このレースシムの構造がここにきて揺らぎ始めているようです。

 

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Automobilista 2はMOD用のプラットフォームにはならない、という内容を含むインタビュー記事がRaceDepartmentにて公開されています。
先日正式リリースとなったAssetto Corsa CompetizioneもMOD非対応ですし、最近のレースシムに「脱MOD」の流れが来ているように思えます。

 

この脱MODにはどういった意味があるのでしょうか? ACCはともかく、AMS2については前述のインタビューを読んでいくとどうやら「心血注いで作ったものをコンバートされたくないから」という理由のようです。
MODを導入しやすい環境というのは裏を返せば純正コンテンツをMODとして出しやすいということでもあります。
そんな状況下で例えばレーザースキャントラックなどのコストをかけたコンテンツを出すのはリスクである、というのは理解できる話です。

 

他にもMOD非対応の(デベロッパーにとっての)メリットはいくつか考えられます。
単純にMODサポートという仕事がひとつ減る。その分の労力を別のところに向けられます。
ビジネスの競合が減る。GT3のDLCを出そうと思ったときに、無料のGT3MODが既に存在している場合としていない場合、どちらがより売れるか? 当然後者でしょう。

 

もちろんこれには私の邪推が多分に含まれてはいますが……「脱MOD」の理由は結局のところ「儲からない」の一言に尽きるのではないでしょうか。

 

今まではそれでもなんとかなっていたのかもしれません。
しかし最近のレースシム界は新しいものが次々と流入してきており、各デベロッパーはそれに対応しなければなりません。
やれ公式ライセンスだeスポーツだVRだレーザースキャンだ……と求められているもの、そしてそれを実現するためのコストがどんどん増えていく中で、ビジネスモデルを転換せざるを得ない時期に差し掛かっているのではないか……というのが私の考えです。
MODを導入するプラットフォームとしてソフトを買ってもらうという形から、良質の公式コンテンツ(いくつかはDLCで、そしていくつかは独占契約で)や他で体験できない付加価値をを多数用意してユーザーをしっかり捉え、お金をたくさん落としてもらう方向へ。

 

しかしこのやり方では長寿命化は望めません。
新作に移行しきれない大量のMODはなく、一方で旧作のコンテンツは権利関係で収録できないなどの理由がなければわざわざ新作に移し替えない理由もありません。
故に、MOD導入不可のレースシムでは新作が旧作の完全な代替となることは容易であり、故に旧作を新作が発売された後もプレイし続ける理由はなくなります。
AMSを買えるのにわざわざGSCEを今買うような人はあまりいないでしょう。
ただ、ひとつのレースシムをずっとプレイされるより、いくらかコストがかかったとしても新作をリリースしそれを購入してもらったほうが儲かるというならば、こうした短命化も(デベロッパーにとっては)悪いことではないということになります。

 

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一方で、締め出される恰好となったMOD制作者たちはどこへ行くのでしょうか?
最後の楽園たるrF2に移行する、全く別ジャンルのゲームのMODを作り始める、MOD作成を辞めていちドライバーになる。
いろいろ選択肢はありそうですが、私は「旧作に留まり続ける」というのが多いのではないかと思います。

 

rFactor2でさえ未だ完全にrFactorを代替できていないのは前述した通り、いわんやMOD導入のできるACやAMSをや。
新作がMODを導入できない、つまりそれまでの旧作の替わりとはならない。
替わりが無いのならば、今あるものを使い続けるしかありません。RBRと同じ構図です。
ACやAMSはこれからRBRのように、何年にも渡ってMODが作り続けられていくのではないでしょうか。
市販車に強みを見せ、その上グラフィックも悪くないACは特にそう思わされます。

 

ひとつ大胆な未来予測でもしてみましょう。
ACCがその役目を終え、次なるACシリーズの続編が発売されてからしばらく経ち、ACCからの移行が大方済んだ頃。

そうした状況下において、ACのプレイ人口がACCのプレイ人口を上回っている、そんなことが起こり得ると。

10年ぐらい経ったらこの予測が合っていたかどうかがわかりますかね? ……そのときもまだRBRやってたりして……。