DSC_0047

二週間ほど前に、サンタさんが少し早めのクリスマスプレゼントをくれました。

Oculus Rift、定価50,000円から5,000円引きで45,000円です。
以前値下げして定価が50,000円になったことを知った際に「安くなったけど、もう一声かなあ」と思っていたので、その通りそこからさらに引かれた今回購入に至った次第です。

 

感想としては「とてもいい」の一言です。
……絶賛する言葉の割にはあまりにも簡潔ですが。

 

最初プレイを始めたころは「これはすごい! 世界が変わるとはこのことか!」というような気持ちだったのですが、慣れてしまうのは早かったです。
ステアリングやシフトレバーが目の前にあるのにも、距離看板や縁石が立体感を持って存在しているのにも最初のうちは感動しますが、それらは現実世界では至極当たり前のことです。
当たり前であるが故に、それを当たり前のこととして受け入れてしまうのもまた早いのではないかと今になって思います。
普通のゲームみたいに「敵の攻撃が派手なエフェクトを伴って高速で突っ込んでくる」というようなものでもあればまた違ったのかもしれませんが、なにぶんレースシムなので距離看板や縁石は実に常識的な見た目を持ち実に常識的な速度で近づいてきます。

 

じゃあ駄目なのか、というとそうではありません。
VRはレースシムにおいて非常に効果的であり、また絶対的に『正しい』とさえ感じました。

 

『車に乗ってレーシングスピードで走る体験を正確にシミュレートすること』がレースシムの目的であるとするならば、VRはその目的を達成するための手段として有無を言わさぬ正しさがあります。
前方に向かって走る車に乗る状態をシミュレートするにあたり、奥行きを平面として描写する映像と奥行きをそのまま奥行きとして表現する映像、どちらがよりふさわしいかと言えば、それは当然後者でしょう。
絶対的に正しいが故に、それ以上語ることはできません。正確に言うならば語ることはできますが意味がありません。それは単なる同語反復です。「1足す1は3です」と言われれば「いや2でしょ?」と話が続きますが、「1足す1は2です」と言われれば「そうですね」で終わりです。

 

VRという大きな買い物(金額的にも環境の変化という意味でも)の割に感想が「とてもいい」の一言に留まるのは以上のような理由からです。

 

ここまできて、これに似た話をどこかで……としばらく考えて思い至りました。
この感覚は眼鏡に似ています。
無くてもいいけど、あったほうがいい。
外からは大げさに見えるけれど、使ってる本人には至って自然。
最初は感動も違和感もあるけれど、すぐにどちらも気にならなくなる。
眼鏡の有用性について熱弁する人などいません。そんなことは誰もが知っていることですから。